この人のチャレンジ精神が旺盛すぎる。
今日はお店の入口に置く黒板に『やっぱりモデルして❤』と書いて見せてくる。わたしはピザ生地にソースで『NO』と書いて見せる。
今度は『一生のお願い』と書いてくる。わたしの返信方法にバリエーションはない。もう一度『NO』を見せるだけだ。
有紗さんは眉をひそめてわたしを見るがお客さんに呼ばれてすごすごと退散した。
ピザ屋のバイトをしてると余計なことを考えずに済む。特に金曜の夜は忙しくて、いつの間にか時間が経っているのが助かる。こうして美和先輩のことを考えない時間がちょっとずつ増えていっていつの間にか想いは消えてなくなるかもしれない。
香耶ちゃんとは普通だ。先輩のことについて全く触れてこない。それがちょっと心地よかったりする。でも、ちゃんと話をしなくちゃ。学校だとなんとなく落ち着かないから、今度、時間を作ってもらうことになっている。家の桃園がまだ稼ぎ時だという事にプラスして夏休みに入ってすぐ、お母さんが入院してしまったので余計に忙しいらしい。連絡がこなくなったのは、それも理由の一つだった。
それにしても、この人はどうしてめげないんだろう? 有紗さんは帰り支度を済ませ、更衣室から出てくるとわたしの顔を覗き込んだ。
「春っちモデルしてよー。ホントにマジで一生のお願い」
わたしはアスパラをまな板の上に並べて作った『NO』の文字を指さす。
「リアクション早っ! 準備して待ってたのかぁ。お主できるな」
こんなおちゃらけた事を言ってるけど、有紗さんは、デザイナー志望で東京のなんとかいうかなり有名な服飾系の専門学校に通っていて、この前からわたしにモデルをさせたがっている。写真に撮られるなんてまっぴらごめんだと前に断ったのに今日はしつこい。
そして、有紗さんが、トートバッグからスケッチブックと色鉛筆を取りだしてわたしに見せた。
「写真がダメなら絵を書く。それならいいでしょ?」
予想を裏切られた――。
『不撓不屈』という四字熟語を身をもって学習した15の夏。
土曜日のお昼すぎ、わたしは白い軽自動車の助手席に乗っている。駅前で待ち合わせて、これから有紗さんの家にいくのだ。写真なら外でも簡単に撮れたけど流石に外で絵のモデルをするのは無理がある。わたしの部屋か有紗さんの部屋の二択を提案され、なんとなく有紗さんの家を選んだ。
それよりも、この車の中に前回乗った時とあきらかな違いがある。乗ってすぐに気が付いた。美和先輩の香りだ。
「この匂いさ、春っちの友だちが付けてて気になったから、探して買っちゃったんだ」
お兄ちゃんが持ってたドラえもんの初期のDVDを観たときに声が違って感じた大いなる違和感には負けるが近いものがある。この柑橘系の香りはわたしからしたらイコール美和先輩だ。でも、なんだか懐かしくて心地いい感覚だけが蘇ってくる。
「ねえ、どうして写真ダメなの?」
「魂抜かれるんで」
「うちのひいばあちゃんかよ。そんなこと言ったら全国のJKもぬけの殻じゃん」
なんかウケた。久しぶりに笑ったかもしれない。
有紗さんの家は似たような建売住宅が並んでいる中の一軒だった。車が三台も停められる駐車場がある。家には誰も居なかった。両親とも仕事だそうだ。
二階にある有紗さんの部屋は何しろ物だらけだ。部屋の一面には服がお店のように並んでかけてあるし、ミシンの大きいのがあったり、棚には布なんかが大量においてある。
わたしは窓の前に立ってポーズを取らされた。なんとなく居心地が悪かったけど、真剣な眼差しで鉛筆を動かす有紗さんを見ているうちにわたしの照れはどこかに消えてしまった。
休憩時間にカルピスが手渡された。原液を水で割るやつだ。ちょっと濃いめのそれは、飲み込む時に喉に貼りつく感じがした。
「春っちさ、カレシとはどうなの?」
「え? カレシ?」
「ドライブ誘った時にさ、付き合ってる人いるって、その人がいるから楽しくなれない。みたいなこと言ってたじゃん」
「あ……」
「嘘なのかぁ。私、そこまで嫌われてるって思ってなかった。ショックだわ」
いや嘘っていうか……。
「今は居ないんだよね?」
「え、なんで?」
「ずっと元気ないから」
「あ、まあ……」
「お、今の遠い目。いいね~。再開しよっか」
「あ、はい」
その後も、短い休憩を何度かはさんで何枚かの絵が出来上がった。
「見る?」
ベッドに並んで座ってスケッチブックが広げられた。
一枚、わたしの顔だけが書かれた絵があった。その絵は微笑んでいる。
「わたし笑ってないですよ」
「着ているものだって違うじゃん。まだ実在しない私の頭の中にある服だよ。見たままを描けばいいってわけでもないよ。さっき車の中でこんな顔して笑ったからさ。忘れないうちに描いておかなくちゃって」
写真を撮らないわたしはここ何年も自分の笑顔を見たことがない。わたし、こういう顔して笑うんだ……。なんだか他人を見ているような気にもなる。
絵をじっと見つめていたら、有紗さんに素早くキスをされた。
一瞬ふわって、あの柑橘系の香りがして美和先輩の感触が蘇った。
リアクションを忘れたわたしの唇に再び有紗さんの唇が触れた。
わたしの唇が震えているのはどうしてだろう?
拒むことなく受け入れているのはどうしてだろう?
わたしは顔を伏せた。
「春っち、ごめん。もしかしたら気が付いてるかもしれないけど、わざわざ来てもらわなくても絵は描けた。でも来てもらった」
あれ? これって美和先輩がオーディションでギャル役するからってわたしを家に招いた時と同じ嘘だったりする。
「でも、モデルになってもらいたいって気持ちも嘘じゃないよ。だからちゃんと春っちのこと描いてる」
スケッチブックがペラペラめくられる。一体、何枚わたしを描いているんだろう。この短時間で書いた枚数じゃないよね。こんな想いを前にも寄せられた記憶が鮮明に残っている。
「ごめん。なんかウザいよね。マジごめん」
似たようなセリフを美和先輩から言われた覚えがある。なんだか涙がこみ上げてきた。
「春っち、どうした?」
有紗さんはわたしの顔を覗き込むと、その優しい手でわたしの頭に触れて胸に引き寄せた。
「泣いていいんだよ」
小さな手に髪を撫でられた。
思わず、きつく抱き着いた。わたしの意思というものが無くなって、委ねていいのかさえも分からない人の胸に顔をうずめた。
続く
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