春の夏㉔ 夏休みの終わりと新たな旅立ち
夏休みが終わっても季節は夏。今日は8月23日。二学期が始まるという理由により引きこもりを脱したわたしです。
登校すると香耶ちゃんがきて、美和先輩がわたしの目の前で書いたサインを渡してきた。メッチャ喜んだ演技をする。でも、本当にありがたく受け取った。
あれから美和先輩とは何度か電話で話しただけだ。シンガポール行きまで時間がないから準備で忙しいのと、会ったらこの決断をわたしも先輩も取り消してしまいそうだからお互い会わないようにしている。旅立ちの日は9月2日の月曜日。わたしは見送りには行かずに学校に行く。
ただ、先輩のことが心配だ。電話で話すたびに弱気になっている。相当なプレッシャーなんだろうな。「先輩なら大丈夫ですよ」しか言えないわたしの幼さが憎たらしい。
段々と先輩を失っていく数日間。一人で抱えきれなくて美和先輩との事を秋姉ちゃんに打ち明けてしまった。
「ズル休みして見送り行きな」って言われたけど、この期に及んで引き留めちゃいそうだし、それを我慢したとしても、駅にはあの副社長さんとか、後援会の人たちとか、地元のケーブルテレビも来るらしい。清楚系に変身して行っても「学校はどうした? ズル休みするような友達と付き合ってるのか」って思われる。
「私が15の時は大人の事なんて気にしなくて、やりたいようにやったけどね。でも、年齢っていうかあんたの性格だね」って呆れた感じで言われた。
なにしろ美和先輩に迷惑かけたくないって言ったら「果たしてカノジョはそれを迷惑って感じるのかな」って返された。
「迷惑に決まってんじゃん」
確信はないけど言い切った。いや、自分に言い聞かせたんだと思う。
この話はこれっきり、その日がくるのをただただ時間を無駄に消費して過ごした。
その日が来ても何も変わることはない。そもそも何もなかった状態に戻るだけだ。先輩と出会う前のわたしになればそれでいい。
そして9月2日になった。わたしはいつも通りに起きて登校した。
一時間目が終わった休み時間。お姉ちゃんから電話がかかってきた。
「校門にいるから早退してきな」
窓から見るとタクシーが停まっていてその横にお姉ちゃんが立っていた。
「行けるわけないじゃん」
「後悔するよ」
「もうしてる」
電話をきると香耶ちゃんと目が合った。
「どうしたの?」
「なんでもない」
席について早々と教科書を出して広げた。
授業中、たたまれたメモが回ってきた。
『今出ないと間に合わないよ』お姉ちゃんの字なんだけど……
窓の外の校門のところには誰もいない。
廊下側の後ろの席に座っている香耶ちゃんが小さく手をふる。ドアのすき間から秋姉ちゃんが手招きしている。
「え!」思わず声がでた。
「夏月さんどうしたの?」
「いえ、えと、その……」
先生が眉をひそめて近づいてくる。
「あ、あの、なんか息苦しくなっちゃって……すいません」
先生が目の前にきてわたしの顔を覗き込んだ。先輩に教えてもらった演技のコツを使って生理痛の時を思い出しながら苦しいふりをした。
「ホントに苦しそうね。じゃあ保健室に行きましょう」
「私が一緒に行きます」
香耶ちゃんが立ち上がって言った。
わたし達三人は廊下を早歩きした。なんだかわたしの気持ちは有耶無耶のまま見送りにいく流れになっている。
「あんたが来ないからタクシー帰しちゃったからね。電話したら今は配車できないっていうから駅まで走るよ」
「は? そんなの無理だよ」
香耶ちゃんが言った。
「わたしの自転車使って」
「あ、この子、どんくさくて自転車乗れないのよ」
「うるさいな、走るよ」
香耶ちゃんにお礼を言ってお姉ちゃんと走って学校を出た。
2分もしないで息がきつくなってきた。ここにきてもこんな炎天下に走るなんて、この夏は本当にどうかしている。
「学校には私が後でフォロー入れるから」
学校のことなんて言われるまで頭の中になかった。どうか間に合いますように。いつの間にかその目的に気持ちも体も向かっていた。
しばらくすると香耶ちゃんが自転車で追いかけてきた。真面目キャラの香耶ちゃんが学校を抜け出すなんて。それはともかく、この際だから後ろに乗せてもらう事にした。秋姉ちゃんが持ってきた紙袋をカゴに入れてわたしは荷台に座った。
香耶ちゃんがペダルを踏みしめて言った。
「間に合うように頑張るね」
わたしはまた助けられた。香耶ちゃんの背中から発せられる熱を感じながら汗が滲んでいくブラウスをありがたい気持ちで見つめた。
香耶ちゃんとはまだ誠実に向き合っていなかった。先輩を見送ったらちゃんとお話しをしなくちゃいけない。
駅には間抜けなくらい早く着いた。発車まで25分もある。それでも階段を駆けて二階に上がった。先輩は改札の外にはいなくて、コンコースの窓から見えるホームで何人もの人に囲まれていた。勢いで来たのはいいけど、あの場所に行くのは難易度が高すぎる。
25分という時間、わたしはここから先輩を見つめる事にした。
後ろにいる香耶ちゃんが言った。
「ずっと桃農園の常連さんだったし、私も憧れてたから、こうして見送れて幸せだ」
「うん」
少し横にずれて香耶ちゃんの為のスペースを空けた。二人で並んで腰の高さよりちょっと低い手すりを掴んで窓からホームにいる先輩の姿を見おろした。
「ほらほら、見てないで行くよ」
発車3分前になって後ろから秋姉ちゃんの声がした。
「いや、無理だって」
「私が入手したプレゼント台無しにするつもり?」
わたしと香耶ちゃんは入場券を渡され三人で改札を入った。
先輩はホームの先頭よりのところでケーブルテレビのインタビューを受けていた。先輩のお母さんも、あの和菓子屋の副社長さんもいる。
結局、窓っていう仕切りがない場所に来たってだけで話しかけるチャンスなんてどこにもない。
さっきよりも近くで見る先輩の顔は緊張に満ちていた。二週間近く会わなかった間に顔が疲れてやつれた気がする。
「お姉ちゃん、代わりにこのプレゼント渡してきて」
「あんたが渡すから意味があるんじゃない」
「だって、あんなに人居たら……」
「誰がここで渡せって言った?」
意味不明なことをお姉ちゃんが言い出して、わたしの持っている入場券と引き換えにパスモと特急券が手の上に乗せられた。
「お姉ちゃん……」
警戒心ゼロの涙がボロボロこぼれた。
乗車を急かすアナウンスがして、わたしは電車に乗った。
発車してすぐ、お姉ちゃんからLINEがきた。先輩は一人で乗ったこと、車両は前から二番目だということ。
そして、お姉ちゃんが買ってきてくれたプレゼントの意味が書いてある。
紙袋の中には青いバラが入っていた。以前の花言葉は、『絶対不可能』だった。この色のバラを作る事ができなかったから。
でも、その不可能が可能になって花言葉も変わった。今は、『不可能なことを成し遂げる』『夢が叶う』。
先輩へのハナムケにこれ以上のものはないよね。一生、秋姉ちゃんの妹でいると心に誓う。
わたしはゆっくりと車内を進んだ。
先輩は窓際の席に一人で座っていた。平日のお昼前だから乗客はかなり少ない。わたしは先輩の斜め後ろからコッソリ覗いてみた。手元のスマホにはわたしとのLINEのやり取りが表示されていた。こんな時でもわたしの事を考えていてくれる。正直、決心がゆらぎまくった。
でも、引き留めることは、わたし以外の人にもできるけど、この背中をしっかりと押せるのは今のわたししかいない。
だから自分のすべき事をする。その為にこの電車に乗ったんだよね。
これからわたしは、この青いバラを渡してさよならをする。花言葉をちゃんと伝えられるだろうか? もう一度スマホを見て確認する。きっと大丈夫。
「すいません。お届け物です」
「え?」
目と目が合って、先輩の時間が止まった。
次の瞬間、笑顔と涙が同時にあふれた。
「今ので私の流した涙の量。ローマの休日超えた」
「あ、なんとかヘップバーン?」
「だから何でオードリーが出てこないのよ」
いつもの先輩の笑顔だ。
「春ちゃん」
「なんですか?」
先輩が隣のシートを叩いて笑顔を見せながら言った。
「空いてますけど座りますか?」
この笑顔とわたしの名前を呼ぶ優しい声が大好きだ。
終わり
最終話まで読んでくださってありがとうございます💜
お蔭様でなんとか書ききりました。
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