エッチをした翌朝、美和先輩は家族と親戚の家にいく用事があるとかでミネラルウォーターを一杯だけ飲んで帰っていった。駅まで一緒にいこうと思ったけど、それだけのためにわたしが清純派に変身するのは面倒だろうからって玄関でさよならをした。
ゆっくりできないことは分かってたけど、一人になって自分を持て余しているわたしがいる。
付けていこうと思って出した美和先輩からもらったシュシュをしまう。引き出しの奥にしまった青いエッチなランジェリーが見える。香耶ちゃんと色違い。一度、先輩の家に着けて行ったことがあるけど、結局ランジェリーボックスの奥に仕舞いっぱなし。
香耶ちゃんとは、特に約束もなく始まった関係だった。花火大会でのキスも、わたしからしたもので、彼女はその流れを受け入れてくれただけかもしれない。わたしとの関係は遊びだったのかな。人は見た目で判断できないことをよく知っているが、香耶ちゃんにはそんな感じがまるでしない。
目をそむけていた香耶ちゃんとのトーク画面を久しぶりに開いてみる。7月28日を最後に連絡とってない。香耶ちゃんからの『どうして避けるの? 私、何か嫌われるようなことした?』ってメッセージに返信できずにいたら『人違いだった』って謝ってきて、それに対し、夜になってから『色々あって返事送れなかったごめん』て返して、それっきりだ。
このままにしていいのだろうか? こういう時には会って話すべきだってよく聞くし、実際そうだと思うけど……。
美和先輩と付き合っているのに、香耶ちゃんの事をこんなにも考えているわたしがいる。
いつの間にか時間経ってた。取りあえずご飯食べてテレビ観てメイクしてブラブラとピザ屋さんに向かう。ここはチェーンではなくて個人でやっているお店で、わたしはキッチンに入っている。生地に自家製ピザソースを塗ってオーダーの具とチーズをのせたら店長に渡すのが仕事だ。あと、洗い物もするし日によってはサラダの盛り付けもする。接客が苦手だから丁度いい。
昼のピークを過ぎた頃、ホールの有紗さんから声を掛けられた。
「春っち、今日4時まででしょ? その後ちょっと付き合ってくれない?」
「いいですけど」
「良かった」
そう言うとウインクしてホールに戻っていった。
有紗さんは、東京にある服飾系の専門学校に通っていて、夏休みの間だけシフトに入っている。高校時代、ここでバイトしてたから即戦力だそうだ。小柄だけどスタイルが良くてお洒落で愛嬌がある。
お盆で帰省してきた家族連れでちょっと混んだので30分ほど残業した。着替えて裏口からでると、有紗さんが白い軽自動車の中から手を振る。こっちに来てから誰かの車に乗るのは初めてかもしれない。
車は大通りに出た。
「ちなみに、どこ行くんですか?」
「どこ行きたい?」
「特には」
「そっか、じゃあドライブ」
何か用があったのかと思ったけど、ただドライブって言われてしまうと、なんだか後ろめたい気持ちが湧いて胸をモヤモヤさせる。そんな気持ちの元になる人の名前が突然でてきた。
「あのさ、田中美和って知ってる?」
え……。いきなりなんだろう。もしかして一緒にいるところを見られたのかな。
有紗さんは、先輩が出てるCMの説明をして、「あの子なんだけど」って言った。知っていたらなんだろう? これって俗にいう“カマをかける”ってやつだろうか。
「その田中美和に似たギャルがさ、この前、春っちが休んだ時に訪ねてきたんだけどさ、友達?」
ああ、あの時か。
「はいそうです。何かあったんですか?」
「いや、似てるから美和っちが有名になったらそっくりさんとか出れるなって思って」
なんだ、そういうことか。
「春っち、身体はもう大丈夫?」
「あ、すいません。迷惑かけちゃいました」
「実はちょっとお願いがあってさ」
なんか、話がコロコロ変わる。
「なんですか?」
「写真撮らせて欲しいんだ。どうかな?」
「――――――――。」
「春っちをモデルにして作りたいんだよね。服」
「……ごめんなさい」
「え、なんで? スマホでちょっと撮るだけ。あ、もし、しっかり撮れっていうならちゃんとしたカメラで撮るからさ」
「写真、苦手なんで」
「えー、春っち可愛いのに勿体ない。十枚。いや五枚。うーん、三枚でもいいんだけど。あとできた服はお礼ってことでプレゼントするし」
「有紗さんの服のモデルって言えばやりたい子いっぱいいると思います」
赤信号で停まって、有紗さんはわたしに向かって手を合わせて言った。
「春っちにお願いしたいんだよ。それをパソコンにいれて私のデザインした服と合成してシミュレーションしてみたいんだ」
写真を合成される――。
嫌な映像が記憶から引っ張り出された。
「……帰ります」
「え? なに?」
声が小さくて聞こえなかったらしい。それでもいい。ドアを開けて駆け出した。わたしを呼ぶ声がしてから後続車のクラクションがなった。信号が青になったんだろうな。追いかけられないように道をそれた。
しばらく走って思った。何やってんだ、わたし。
悪気がないことは分かってるし、なにも逃げることなかったよね。有紗さんからじゃなくて、わたしが逃げたのは記憶からだ。
ーーあ。ちなみに、ここ、どこ?
致命的なほど方向音痴なわたしは、スマホでマップのナビ使ってもよく分かんなかったりする。車に乗ってからそんなに走っていないからなんとかなる距離だよね。
取り合えず来た道、戻れるかな……。
しばらく歩いたら、広めの道路に出る事ができたけど、右? 左?
これ反対に行ったら沼るやつだよね。スマホだしてマップ開いたけど家の住所入れたらいいのかな。やっぱりよく分かんない。なんだかんだで6時じゃん。一時間以上は彷徨ってるんだ……。本格的にやばいかも。道をききたくてもこの町は車いっぱい通るけど歩いている人は殆どいない。暑い夏だからなおさらだ。
――秋姉ちゃん、まだ帰ってきてないよね。
このまま立っていても、どうにもならないよね。
取り合えずマップに住所入れてスマホを持ってクルクル回ってみたけど、北とか南とかでても意味分かんない。
最悪だ――。
「春ちゃん?」
聞き覚えのある声に疑問形で呼ばれた。
振り向くと香耶ちゃんが居た。
そして、驚きと優しさが混ざった声で聞かれた。
「どうしたの?」
急に何かがこみ上げてきた。それをなんとか押し戻して言った。
「道、分かんなくなっちゃって」
香耶ちゃんは自転車のカゴの中のレジ袋にちらっと視線を落としてから言った。
「どこに行きたいの?」
「家に帰るにはどうしたらいいんだろって」
「春ちゃん家ってどこだっけ?」
わたしはスマホの画面を見せた。
「そっか、えと、説明難しいんだけど、えとね」
香耶ちゃんの電話がなって、嫌そうな顔をしてでた。なんか揉めてるっていうか急いでいるみたいだった。
「どっちに行ったらいいかだけ教えてくれたら大丈夫だから」
香耶ちゃんは電話を切ると左を指して、その後に曲がる場所とか説明してくれた。
「ありがとう」胸になんかこみ上げてきたから早めに撤退した。
話し、できなかったな。急いでたんだから仕方ないよね。でも、心の準備できてなかったからこれでいいのかな。LINEするね、くらい言えばよかったのかな。
「春ちゃーん!」
こんどはビックリマーク付きで名前を呼ばれた。香耶ちゃんが自転車をたち漕ぎしてきて、ブレーキの音をたてて停まった。
「どうしたの?」
「行けるとこまで一緒にいく」
そう言って荷台を叩いた。
今日は車と自転車と、初めての乗車デー。
「春ちゃん、ごめんなさい」
「え? なんで? 乗せてもらってるのわたしなのに、なんで?」
なんとなく、そうじゃない事は分かったけど、そこには触れられなかった。
「あ、あの、前の、LINE」
「あ……」
やっぱりそれだよね。でも、それについて謝るのはわたしだ。
「こっちこそ、ごめん。あの、本当にごめん」
「そんな。春ちゃんが謝ることなんてないよ。連絡したかったんだけど、また会いたかったんだけど、家が忙しくなっちゃって」
「……うん」
身につまされるってこういう感覚をいうのかな。自然と声がつまる。
そういえば香耶ちゃんの家は果樹園だっけ。ここは桃園とかブドウ園とか多いよね。
香耶ちゃんの背中から熱が伝わってくる。わたしを乗せて漕いでるんだから余計暑いよね。乗った時と比べて背中の汗のあとが広がっている。
なんか、涙がこみ上げてきて下の瞼が膨らんだ。ちゃんと話さなくちゃって思ってたけど、美和先輩との事は隠したいっていうズルい気持ちがあって何も言えない。香耶ちゃんとあの女の人のこともきいてみたい。なんて切り出したらいいのかな……。
やっぱり止めておけというサインだろうか、香耶ちゃんの電話が鳴った。お父さんからかな? 催促されているらしい。
わたしは荷台から降りた。香耶ちゃんは次の曲がり角を教えてくれた。そこを曲がったらひたすら真っすぐ行くと駅だそうだ。
「ありがとう」
こんなにも感謝のこもったありがとうを口にした記憶はない。
香耶ちゃんは頷いて引き返していった。またしても立ち漕ぎでメチャ急いでいる。改めてみる背中は汗でびっしょりだった。ひっこめた涙がボロボロ出てきた。
夏の夕空は真っ青なのに、視線を落としていくとオレンジ色になっていく。その青とオレンジの間にある透明に近い白。そこが、今の感情の現在地なのかもしれない。
続く
下のボタンのタップ(クリック)で応援受付中です!
このボタンをタップしますと、わたしのプロフィールが表示されます。画像のちょっと下にファンレターを送るというボタンがあります。そこから支援を受け付けております。ブログの維持費にあてることができるので、宜しくお願いします💜
※画像はアプリで加工したものです。実在しません。

