💞L恋小説 春の晩夏34💞 修羅場の手前
まだまだ残暑厳しい夏と秋の間。成す術もなく絶体絶命なわたしです。
桃のパフェを受けとったカップルがどいた瞬間、京佳ちゃんが近づいてきた。
走って逃げるという選択肢も頭に浮かんだけど採用しなかった。逃げたら絶対に追いかけてくる。わたしを追いかけているうちに京佳ちゃんの闘争心が燃えてくるだろう。体育会系女子対ヘタレギャル。秒で捕まるのは目に見えている。下手したらウィッグなんて取られてしまうかもしれない。動かないという選択はベストな判断に違いない。
京佳ちゃんはわたしと香耶ちゃんを見て眉をひそめる。
「今、春ちゃんって言わなかった?」
「え?」香耶ちゃんが口ごもった。
京佳ちゃんがもう一歩詰めてきた。
「言ったよね。ねえ、どういう事?」
疑問を投げかけるにしては語尾が強い。これはかなり拙いことになった。香耶ちゃんが庇ってくれる保証もない。
「あなたバレーボール部の人ですよね。急になんですか?」
香耶ちゃんがしらばっくれようとしてくれた。
「今、この人のこと春ちゃんて呼んだよね?」
なおもグイグイと迫ってくる。形勢は不利過ぎる。わたしに何ができるだろう。当の本人なのに成す術がない。耳の後ろを不快な汗が流れていく。
「ミカちゃんごめんお待たせ」
助かった。わたしは速攻で瑞希ちゃんの後ろに隠れた。
「ミカちゃん? ハグちゃんじゃないんですか⁉」
香耶ちゃんがおたおたしながらとぼけてみせる。
「ハグちゃん?」
京佳ちゃんが顔をガクガクと二段階に傾けながら復唱した。
「わたしの幼馴染のハグミちゃんの事です。今日の夕方に来るって言ってて、十年ぶりの再会を楽しみにしてたんです。てっきりハグちゃんだと思って」
なんて素晴らしい嘘なんだろう! 華麗なコンビネーションを目撃した気分。
「宮下さん、ごめんなさい。私の従妹のミカです。極度な人見知りで」
瑞希ちゃんは京佳ちゃんと香耶ちゃんに近づいて声を潜めた。
「ちょっとコミュニケーションに問題があって、私には心を開いてくれているんですけど。知らない人に話しかけられたりすると、すぐにフリーズしてしまうのです」
「そうでしたか! すみませんでした!」
ビシッと背筋を伸ばした京佳ちゃんが板のように身体を折り曲げた。周囲の人たちの視線が集まって恥ずかしんだけど。
「良いですよ。でも、新田さんは早とちりが多いと思います。勉強もバレーも」
「はい! コーチ、すいません!」
これはもう見世物レベルな茶番劇だ。よくよく見たら人の輪ができている。わたしは瑞希ちゃんの裾を引っ張った。
「お騒がせして申し訳ございません。なんでもありませんので」
瑞希ちゃんが周囲の人たちに向かって頭を下げると京佳ちゃんもそれに続いた。
今日イチ心拍が乱れ背筋が張り詰めたけどなんとかやり過ごせた。
何よりも香耶ちゃんの機転に助けられた。それがなかったら今頃わたしのウィッグは京佳ちゃんによってはがされていたかもしれない。
瑞希ちゃんが桃のスムージーを二つ買い、二人で飲みながらバスに乗った。去り際に香耶ちゃんの親戚の人と目が合った。一瞬、睨まれた気がする。
瑞希ちゃんの部屋に着いた。頭は蒸れているし疲れたから直ぐにでもウィッグを脱いで着替えたい。そんな気持ちもあるけど、さっきの出来事がわだかまりになって、浮ついた気持ちがこれっぽっちも湧いてこない。わたしは清楚系のままベッドに座った。
隣に瑞希ちゃんが腰を下ろして合わせた手を太ももで挟んだ。
「なぜ新田さんは春ちゃんだと疑ったのですか?」
わたしは経緯をざっくり話して、カップの底に残っているスムージーをストローでかき混ぜ音を立てて飲み干した。
「宮下さんが気づいたのですね。私は見破ることができなかったので悔しいです」
そうなのだ。瑞希ちゃんでも見破れなかったのに香耶ちゃんがわたしだって分かるなんて、感情の処理に困る。
「でも、彼女の機転に助けられましたね」
「うん。あのさ、香耶ちゃんには二人のことちゃんと話そうと思うんだけど」
「そうですね……」
瑞希ちゃんは腕を組みながら右手を顎に添えて唸った。
「先ほどの様子からして何かしら感づいているはずです。下手に誤魔化さないで正直に伝えましょう」
「じゃあ、そうするね」
瑞希ちゃんが膝でベッドの上を歩いて窓を開ける。夜の気温が部屋に流れ込んでくる。風を感じる間もなく、わたしは後ろから抱きしめられた。髪の毛越しに唇が耳たぶに触れる。身体に巻き付いた長い腕がわたしの身体を離さない。顎の先がキスを求めて首から回り込んでくる。わたしはお腹の上に充てられた彼女の指の隙間に指を潜り込ませ、顔を傾けて唇を合わせた。ウィッグも取らずシャワーも浴びず、清楚系な見た目のまま、汗ばんだ裸を貪り合った。
お互いが一度、絶頂に達したことで一先ずの気が済んだ。
瑞希ちゃんがバスルームに入ってわたしは香耶ちゃんにLINEした。長い文とかいっぱい書いて何度も消して、結局シンプルな一文を送った。
『火曜日のお昼の約束はまだ有効?』
直ぐに『有効だよ』って返信がきた。
香耶ちゃんにはその時に打ち明けよう。
レースのカーテンを指先でめくって、やけに明るい窓の外を見てみる。
月の放つ無口な光を受けた雲が水墨画のようだ。連想的に美和先輩の存在が頭の中に広がった。わたしはここ最近感じていた違和感を具体化してしまった。
美和先輩とは、夢の邪魔をしたくないから別れた。それと同じで、瑞希ちゃんと付き合うことも夢の邪魔になっていないか? もしもバレたなら瑞希ちゃんは教師の夢を断念することになる。
秋になったら鳴く虫が、夏の終わりを待ちきれずに鳴きだした。いや、鳴くことで夏の終わりを告げているのかもしれない。
続く
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※ 画像と記事は関係ありません。画像はAIアプリを使って生成したものです。
