💞L恋小説 春の晩夏30💞 もう一つの再会
わたしは一旦帰宅した。身体がだるいし頭も冴えない。寝ようという気力さえも起こらない。
ピザ屋のバイトは休もうかな。でも、休んだところで何も解決しないし、逆に忙しかったら気が紛れるだろうから行くことにする。
お店は満席、並んで待っている人が沢山いる。
渡された生地にソースを塗ってトッピングをして店長に戻すのがわたしの担当。今日は人手が少ないから揚げ物を作ったり、洗い物もする。
お皿を洗い始めたら直ぐにサラダのオーダーが入ったりして、いわゆるテンテコマイ状態だ。来て良かったのかな、後ろ向きな思考が頭に湧いても直ぐに中断される。商売繁盛、大歓迎だ。
「久しぶりだね」
洗い物をしていたらカウンター越しに声を掛けられた。有紗さんだった。お客さんとして来店していたらしい。見かねて食べ終えた食器を持ってきてくれたみたいだ。
「春っち元気?」
取り合えず頷いた。
「なんか機嫌悪い?」
「いえ特には」そっけない声がでた。
少し反省しながら有紗さんの手の食器を受けとった。
「店長ぉ、エプロン貸して」
有紗さんは返事も聞かずにそのまま更衣室に入っていくとエプロンを付けて戻ってきた。阿吽の呼吸。店長が出したピザを持ってホールに出て行った。辞めて一ヶ月、それ位ならブランクにはならないらしい。有紗さんはきびきびと動き、仕事をこなしていった。溜まっていたオーダーがどんどん減っていく。
有紗さんは、ホールとキッチンを行き来しながら、少しでも間が空いた瞬間を狙って小刻みに話しかけてきた。
「春っち今日何時あがり?」「春っちその後空いてる?」「春っち変なことしないからちょっと付き合って」
この人の不撓不屈は健在だった。
「あ、もし、したいならOKだけどね」
「それないです。付き合ってる人いるんで」
「そっか。残念だ」
まるで残念に聞こえないけど、半分は本気だよね。それが有紗さんだ。
「実はモデルしてもらった時に作った服渡したいんだ。ホントにそれだけ」
「それだけなら」わたしは頷いた。
一人になって持て余すよりも良い。一緒にいるべきは瑞希ちゃんだけど、試合の後に親睦会があるそうで、会うことはできない。別に浮気をするわけじゃないし、黒の秋向きな服があったからそれをもらえたら嬉しいな。そんな下心なら別に持ってもいいよね。
夕方の六時半。わたしたちはお店を後にした。
有紗さんの白の軽自動車に乗るのは久しぶりな感じがした。有紗さんは美和先輩と同じ柑橘系の香りをまだ使っていた。やっぱり違和感と妙な気分がする。
そういえばこの人とエッチしたんだよな。付き合う覚悟もしたけど、それでも今の今まで思い出すことはなかった。有紗さんが嫌とか悪いとかじゃなくて、やっぱり大事さの度合いが違うんだと思う。他の誰かを好きでいられたら美和先輩のいない現実を見なくて済んだ。有紗さんと付き合おうとしたのはそういうことじゃないのかな……。
なんてことを考えているんだろう? わたしは、考えるべきことから逃げているのかもしれない。いや、考えるべきことなんてあるんだろうか? お店で有紗さんに言ったように、今のわたしは付き合っている人がいる。瑞希ちゃんという恋人がいる。そして、わたしは瑞希ちゃんが好きだ。これだけが今の事実だ。
有紗さんの家に着いた。電気は点いていなかった。両親とも毎日遅くまで仕事をしているそうだ。物が少なくなった有紗さんの部屋のハンガーラックにわたしをモデルにして作られた服が五着ほど吊るされていた。
「全部プレゼントって言いたいんだけど勘弁してね。どれでもいいから一着選んでよ」
わたしが欲しいのは厚手の生地で作られた長袖シャツとロング丈のワイドパンツ。手持ちのスニーカーとキャップを合わせてオールブラックコーデにしたらお洒落だと思う。他は少しだけデザイン性がアート寄りであまり好みではなかった。でも、間髪入れずに指さすのも違う気がして迷っているふりをした。五着ともそれぞれ同じ位の時間を掛けて見てその中の二着を身体にあてて鏡に写してみたりした。そして、黒を選んだ。
「ねえ春っち、良かったら着て見せて」
ちょっと迷った。
「あ、ごめん。後ろ向いてるから」
有紗さんは、返事も聞かずに背を向けた。この部屋で服を脱ぐのも一ヶ月ぶりだ。脱ぐ目的は違うけど。
「ねえ春っち相手は女子?」
「勿論」
「ブレないね」
「ですね」
「どんな人?」
直ぐに答えられなかった。実習生だった女子大生。有紗さんといえど事実をそのまま伝えてはいけない気がする。
「背が高い人です」
「情報少なすぎ。あんまり触れて欲しくないんだね。ごめん」
服はとても着心地が良かった。見た感じもわたしに合っていると思う。
「バッチリじゃん」
鏡越しに目が合った。
有紗さんは振り向いて、照れ臭くなるくらいまで目を細めて眺めてきた。
「春っち、お願い、他の四着も着てみせて欲しい」
まだまだ時間はある。わたしは残りの四着を着てみせた。有紗さんはその全てに対してほほ笑みを浮かべながら満足そうに頷いた。
「なんだかんだで着替えているとこ鏡越しに見てましたよね」
「えへへ」
「エッチ」
今さらどうでも良かったけど、取り合えず言ってみた。
有紗さんは舌をちょっとだけ出しておどけた顔をした。
「春っち、お腹すかない? サイゼ付き合ってよ」
お腹はすいていない。でも、一人で時間を持て余すよりは誰かと一緒に居たい。だけど、どうしよう……。
「実家帰ってきたのに昼も夜も一人で食事する私って可哀そうじゃない?」
そう言われたら断れない。サイゼなら構える必要なんてないから良いかなって思う。
食事は思っていたよりも食べれた。朝の出来事は夜の食欲にまで影響は及ぼさなかった。こうして段々と耐性みたいなものが身に付いて、読みかけのまま閉じた本の続きなんてどうでもいいやって思える日がくるのかもしれない。
ドリンクバーに何度も行って沢山の話をきいた。有紗さんは、東京での様子をずっと面白おかしく話してくれた。わたしは何度も声を出して笑った。
結局バイト休まなくて正解だった。有紗さんと偶然会えて、わたしの為に作ってくれた服までもらえて、一緒にご飯食べて笑って気持ちが楽になった気がする。
明日からまた日常に戻って今まで通り瑞希ちゃんと付き合っていく。
「春っち、送ってく」
「はい。ありがとうございました」
「あ、割り勘だよ」
なにか勘違いさせたみたいだ。
「楽しい話と素敵な服をありがとうございました」
笑顔で頭を撫でられた。
続く
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※ 画像と記事は関係ありません。画像はAIアプリを使って生成したものです。
