💞L恋小説 春の晩夏29💞 嘘を重ねる
駅前ロータリーが見えてきた。日曜の朝だけど車はまばら。トマト色した軽トラックは順調に駅に着いた。
瑞希ちゃんはこれからバレーボール部の試合がある。京佳ちゃんに差し入れをするフリをして観に行く手もあるけど利用するみたいで気が咎めるからそれはできない。もっと一緒にいたいけど、今日はここまで。
「線路沿いのベーカリーにパンを買いにいきますけど、春ちゃんはどうしますか?」
「わたしは大丈夫」
「ゆっくり休んでください」
「うん。試合がんばってね」
誰に見られるか分からないから、「じゃあね」のキスはなし。何しろ抜かりなく、わたしは黒髪のウィッグと白のワンピースで瑞希ちゃんの従妹になりすまして降り立った。
走っていく車に向かって小さく手を振る。
それにしてもマジで軽トラ買うとは思わなかった。でも、なんか可愛い色だし良いんだけど。
眠いから帰って少し寝ようかな。
「春ちゃん!」
それは不意打ちだった。後ろから弓矢で射抜かれたように背中が反った。わたしは体勢を整えることなく振り向いた。一刻も早く声の主を確認したかったからかもしれない。わたしを呼ぶこの明るくて元気な声はあの人しかいない。予感は間違っていなかった。そこには美和先輩が立っていた。心臓が胴上げされるみたいに脈打った。
「やっぱりね。春ちゃんだけは、どこでどんな格好していても絶対に分かるんだ」
あの頃とまるで変わっていない歯切れが良くて張りのある声だった。「久しぶりだね」みたいな再会の際に交わされる探るようなありきたりの言葉はない。その代わり、目尻から懐かしさが滲み出していた。
わたしは今の自分に起こっている現実に対してどんな反応をしたら正解なのか頭の中をくまなく探しまくった。
「困ってるよね。ごめん」
大好きだったその顔を見つめたまま首を横にふった。先輩は変わっていない。いつだって心地よく気遣ってくれる。
「もう会わないって約束は忘れたわけじゃないんだよ。でも、守れない状況になった。だっていきなり目の前にいるんだもん。思わず声掛けちゃったよ」
嬉しいって思っていいのかな? どんな感情になるべきなのかも分からない。視界が微妙にぼやける。
フェイスタオルがわたしの顔に向かってきた。気が付いたら水の粒がまつ毛の先にひっついていた。柔らかな肌触りが頬を撫でた。泣いていることを自覚した。
「驚かせちゃったよね。でも、私も驚いたんだよ」
美和先輩がわたしの顔を覗き込むようにしてほっぺの涙を拭きとってくれている。
タオルからあの懐かしい柑橘系の香りがした。紛れもなくこの夏のマジ恋の匂い。懐かしさが満ちてきて十本の指の先にまで行きわたった。
「会いたくなかった?」目を逸らし、タオルをしまいながら先輩が言った言葉は、少し切なげに聞こえた。
抱きつきたくなる衝動を握りこぶしで堪えた。「元気でしたか?」とびっきりの笑顔で言おう。そう決めて息を深く吸い込んだ。
でも、その言葉を発することはできなかった。
「田中さん」
美和先輩が顔を向けた方に和菓子屋の副社長さんが立っていた。先輩が姿勢を正してお辞儀した。
「ごめん春ちゃん、実は新作のお菓子のポスター撮りたいって呼ばれたんだ」
前あの副社長さんにやらないかって声を掛けられたやつに違いない。
急かすようにクラクションが二度鳴らされた。
「ごめん、行かなくちゃ」
ゴロゴロのついたキャリーケースを先輩が引っ張って歩き出した。
「春ちゃんの顔が見れて嬉しかった」
横顔になりきっていない小さく振り向いた顔が再会の会話を完結させた。
美和先輩は副社長さんと一緒に後部座席に乗った。黒い高級そうな車が静かなエンジン音をさせながら走り去った。
10月の、しかも朝だというのに夏と変わらない暑い光線を放つ太陽がウィッグの中の温度を上げる。思考がふやけているのは暑さのせいだけじゃない。昨夜ほとんど寝ていないせいでもない。一言も発しなかった自分に対して怒りが込みあげてきた。どうしたらいいんだろう? 今さらどうにもならない事を理解したとき、腹を立てることを諦めてその場にしゃがみ込んだ。
わたしは成す術もなく太陽光線を浴び続けた。
どこか近くて遠い場所からクラクションと車のドアが開いて閉まる音がした。
「大丈夫ですか?」
その声の主は瑞希ちゃんだった。しゃがみ込んでわたしの肩に手をあてている。
「具合でも悪くなったんですか?」
「あ、うん。大丈夫。え、でも瑞希ちゃん試合は?」
「あそこのパン屋さんで朝食買って行くってさっき……」
ああそうか、買ってUターンして通りかかったのか。
「それよりも病院にいきましょう」
「大丈夫大丈夫」
「なにかあったのですか?」
瑞希ちゃんが黒い車が去った方を見た気がした。
「何も無いよ。あ、強いて言うなら寝不足だよね。昨夜さ、あんなにエッチしたから」
最後の方は声を潜めて、できる限りエッチを思い出しながら口角を上げた。
「ごめんなさい。せめて家まで送ります」瑞希ちゃんのシリアスな表情は崩れることなく真剣なままだった。
「大丈夫だって。それより試合に遅れちゃうよ」
「そうですけど、でも」
わたしは立ち上がって手足をバタバタと大袈裟に動かしてみせた。
「ね、大丈夫だから」
瑞希ちゃんは自分を納得させるように頷いた、腕時計に視線を落とすと足早に車に戻っていった。さっきよりも大きな笑顔で手を振ってみせた。車が見えなくなるまで冷静さを保った。
わたしはまた嘘をついた。
続く
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※ 画像と記事は関係ありません。画像はAIアプリを使って生成したものです。

