💞L恋小説 春の晩夏18💞 先生と体験デート
デートの約束の日曜日。わたしは仕舞いっぱなしだったクリーム色のキャミワンピと黒髪のウィッグを取りだした。ふと美和先輩との思い出が蘇った。先輩からもらったシュシュはさすがに着ける気にならないから沸き上がりそうな気持と一緒に大事に仕舞っておく。
久しぶりの変装だけど、なかなか上手く化けたと思う。わたしだってわかる人はいないはず。変装していくことは内緒にしてるから先生のリアクションが楽しみだ。後ろから近づいて、服の裾を引っ張る。振り向くと清楚系な服を着たわたしがいる。わたしって分かるまでどれくらいかかるだろう? 驚く顔も楽しみだ。
9月も終わろうとしているのに、まだセミが鳴いているし、空には存在感抜群な入道雲がそびえている。まるで、わたしの夏を応援してくれているかのようだ。うんざりするような暑ささえも愛しく思える。
駅前通りを歩いている時だった、和菓子屋の副社長さんが向かいから歩いてきた。もうなんの関係もないのに何故か緊張する。
「ねえ、あなた」
すれ違って直ぐ、後ろから声を掛けられた。周りには誰も居ないからほぼ確実にわたしなはず。それでも聞こえないふりして歩いていたら、「そこの麦わら帽子のあなた」って呼ばれた。
ゆっくり振り返ると、近づいてきた。
「あなた田中美和さんと一緒にいた子よね」
「はい」否定できない言葉の強さに思わず頷いてしまった。
その人は目を縦に動かして観察するかのようにわたしを見てきた。何を言われるんだろう? 緊張マシマシなんだけど。
すると、名刺を出してわたしに差し出した。
「美和さんから聞いているかもしれないけど、そこが本店の和菓子屋チェーンで取締役副社長をしています」
恐る恐る人生初の名刺を受けとる。
「あなた美和さんのお友達よね?」
「え、あの、はい。でも、ここのところ連絡は取っていないのですが」
もう一度、わたしの顔をじっと見つめてくる。なにか不味いこと言ったかな。それにしても緊張する……。
「ポスターのモデルしない?」
「はい?」
「とても清楚で透明感があるわ。新商品にぴったりだと感じたの。お店の新CMは来月から流れるけど、新商品は美和さんがシンガポールへ行ってしまってから決まったの。かなりな自信作だから力をいれて売り出したいのよ」
「いえ、あの、わたし、そういうのは」
「いいじゃない。ギャラも出すし、ちょっとした有名人になれるわよ」
「そういった活動は興味ないのですみません」
「あら、こっちのダンススクールのお友達だって聞いていたけど、だったら目立つの好きでしょ?」
不味い、いつの間にかそんな設定になってたなんて。
「た、多分、人違いです。わたしと美和さんの共通の知人がダンスをしていて。その人がきっかけで知り合ったので」
なんだこれ。この前からこんなんばっかり。嘘つき週間は今日で終わって欲しい。
「あら、そうだったの。勿体ないわね……」
まだ何か言いたげな顔がわたしを説得する言葉を探している。
あの、すみません。人と待ち合わせをしているので失礼します」
「ごめんなさいね。でも、気が変わったら連絡して」って名刺を持っているわたしの右手を強く握った。
微かに湧き出しそうな先輩との思い出を押し戻すように早足で先生が待っている駅に向かった。
約束の午前10時ちょうどに着いた。先生はまだいない。ついさっき『着きました』ってLINEが来たんだけど、どこにもいない。トイレでも行ったのかな?
しばらくすると電話がかかってきた。
「夏月さん、急かすわけではありませんが、あとどれ位で着きますか?」
「もう着いてるけど」
「え?」
「南口のロータリーだよね?」
「あ、ごめんなさい。実は驚かそうとして伝えていませんでした。車で来ています」
辺りを見回すと初心者マークが貼られた白い軽トラックが一台だけ停まっていた。まさか、これ? 覗うように近づくと運転席に先生が乗っていた。
わたしは窓をノックした。先生は他人を見るような顔でわたしを見つめてきた。
「先生」麦わら帽子を脱いで顔を見せた。
「な、夏月さん!」
先生が狭い車内で出来る限りの驚きを表現した。そんな様子を見るのはやっぱり楽しい。
「車ならそう言ってよ」
「夏月さんもです。このような変装をするなら前以って教えてください」
お互いが相手を驚かそうとして行き違いが生じた途轍もなく間抜けなわたしたちは、邪魔が入らない二人だけの空間を楽しんだ。ちなみに、この車はアパートの大家さんから借りたものだそうだ。
「免許もってたんだね」
「夏休みに取得しました。可能な限り安い中古車を購入しようと奔走しているところです」
「軽トラにしたら」
「悪くありませんね」
お尻の下にクッションを置いているから天井に頭すれすれで窮屈そうなのに悪くないわけがない。
「ウケる。でも、逆にカッコいいかもね」
「軽トラックを見下していませんか?」
「してないしてない」
「それなら本当に軽トラックを購入しますよ。助手席に乗ってくれますか?」
「いいよ。もう乗ってるし。つうかホントに買いそう」
「ええ、本気ですとも」
「『ですとも』って。初めて聞いた」
二人で声出して笑った。こんな感じで楽しいのはかなり久しぶりな気がする。
車は山道を登っていって『ソバ』って書かれた木の看板の矢印が指す方に道をそれた。めちゃ細い山道を進むといきなり開けた場所にでた。昔の日本みたいな小屋の脇に小さな川が流れていて水車がくるくる回っている。
先生はソバ打ち体験を予約をしてくれていた。さっきの水車で挽いたそば粉を使ってこねて伸ばして生地をたたんで包丁で切る。二人並んでお店の人に蕎麦打ちを教えてもらった。
キャミワンピと厚底のウエッジソールは失敗だったけど、わたしはバイト先でピザ生地を作る手伝いをしたことがあるし、野菜をいつも刻んでいるから包丁には慣れている。先生のデキはイマイチだけど、わたしはお店の人にほめられた。
更に面白いオプションがある。茹でる前に川に行って自分たちでワサビを収穫するのだ。ソバ打ちで体力使ってウィッグの中が蒸れて暑かったから、外の空気の爽やかさと、川の水の冷たさが気持ちいい。
獲ったワサビをかごに入れてお店に向かった。鶏の泣き声もするし、何かの畑もある。わたし達のことを誰もしらない異世界に二人で来たみたいだ。思い切って手を繋いだらしっかりと握り返された。どんどんデートっぽくなってる。
お店に入った時だった。束の間の恋人気分にタイムを掛けられた。「コーチ!」って先生を呼ぶ声がして、どちらからともなく手を放した。
この呼び方はバレー部の人だ。新田さん、一緒に居たりしないよね?
続く
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※ 画像と記事は関係ありません。画像はAIアプリを使って生成したものです。
