💞L恋小説 春の晩夏40💞 そして秋になる
めでたく会議を終えた後、瑞希ちゃんが「話がしたいので美術室で待つように」と皆に言った。
偽りの金髪たちが意気揚々と行進する。その最後尾から距離をとって、わたしは香耶ちゃんと従姉さんと並んで歩いた。
「本当にごめんなさい」
従姉さんが改めて謝ってきた。
「それ位のことをされても仕方ないと思っています。香耶ちゃんと何度か話をしようとしたけどタイミングが合わなくて……」
「ちょっとすれ違ったんだよね。私たち」
香耶ちゃんが呟いた。
「今度こそ、ちゃんと話したい」
「うん」
香耶ちゃんが微笑みながら頷いた。
京佳ちゃんの誘いを断って従姉さんは来客用の昇降口から帰って行った。
美術室は満員御礼。皆の熱気で過去イチ暑い。
主役である瑞希ちゃんの登場を待ちながら、皆がはしゃいで笑っている。大成功を収めた学芸会の余韻を味わっているみたいだ。
わたしは定位置に、香耶ちゃんと並んで座った。床にこびりついた油絵の具のデコボコもなんだか気持ちいい。
扉が開いて瑞希ちゃんが入ってきた。その表情は硬かった。
皆が異変に気付き、祝杯ムードは無くなった。
瑞希ちゃんは無言で全員の顔を一人一人確認するように見て口を開いた。
「残念です。皆さんの思慮がこんなにも浅く、且つ、稚拙な事が」
一気に部屋の熱が冷めた。
美術部とバレーボール部の部長さんが椅子の音を立てて起立した。
「すみませんでした!」
皆が続いて起立して声を張り上げて頭を下げた。
「座ってください。まだ話は終わっていません」
ガラガラと音をたてて椅子が引き戻された。
なんだか嫌な予感がする。
「先ほど、退職の意思を伝え、受理して頂きました。事務のアルバイト及びバレーボール部のコーチ共にです」
ざわつきに混じって落胆の声や納得のいかない反発の声が控え目にあがる。瑞希ちゃんの態度は変わることなく背筋を伸ばしたまま前を見据えている。
「理由は、このままアルバイト事務員や臨時コーチをしながら来年度を迎えるのではなく、一度けじめをつけ、改めて教師という立場になり、皆さんとここで向き合いたいからです」
わたしは心のどこか、という曖昧な場所ではなく、心の真ん中でこうなる気がしていた。瑞希ちゃんなら皆が乗り込んでこなくてもこの結論を導き出しただろう。
「4月になったらまた会えるってことですよね?」
「はい、当校の教師として迎え入れて頂けます」
安堵のこもった息があちこちから聞えた。
「皆さん、行動を起こす時は深慮してください。大勢で騒いで数と力でなんとか押し切ろうという考えは本当に浅はかです」
数と力の中にわたしは含まれていないけど、やったことに大差なんてなかった。
瑞希ちゃんの終わっていなかったお説教に全員が唇をかみしめたと思う。
「でも、気持ちは非常に、今までで一番と言って良いほどに嬉しかったです。皆さんが何をしようとしているのか理解できた瞬間、心の中に熱いものがこみ上げてきました。私は幸せ者だと思いました。まだ教師ではありませんが、教師冥利に尽きる瞬間を皆さんから頂きました。本当にありがとうございました!」
深く下げた頭をあげた瑞希ちゃんの目が潤んでいた。既にしっかり教師してるなって思う。
「あ、もう一つ報告があります。私は皆さんに嘘をついていました」
何を言うつもりだろう? この期に及んでわたし達の関係をバラしちゃうんだろうか?
「自己紹介で173と言いましたが、実は175あります」
―― は? なんだそれ。
「あ、身長の話です」
瑞希ちゃんがクシャっとした笑顔を見せた。
そうそう、この嘘くさい笑顔、懐かしい。
誰かが吹き出した。大きな笑いは起きなかったけど部屋の緊張が解けてなくなった。なんか分かんないけど皆で拍手した。
一旦学校を辞めたことで瑞希ちゃんは時間が出来た。だから目いっぱい会える。
早速、土曜の夜にお泊りして沢山エッチした。日曜の朝に目が覚めて、おはようのキスからの流れでエッチして、ご飯を食べて、またエッチした。
多分、お互いが最後だって分かっているから、相手の身体に自分が愛していた証しを刻みつけるように丁寧に愛し合った。
バレーボール部と美術部、皆のあんな姿を見たら、裏切るようなことをこれ以上積み重ねたくないと思った。瑞希ちゃんはわたし以上にその気持ちが強いと思う。それに、わたしを守る為の嘘は、聞いていて苦しかった。
今回は事なきを得たけど、いつかバレる日がくるかもしれない。わたしが瑞希ちゃんの夢を奪うことはしたくない。
お昼もかなり過ぎた頃、美術館に行くことにした。
到着したのは午後4時半。閉館まで30分だと言われた。今日で版画・浮世絵展は終わりだそうだ。
わたしたちは順路の最後にある一画を目指した。写真と間違えるくらいリアルな、青い空に浮かぶ夏の雲の版画の前にきた。
瑞希ちゃんがくれた複製のポストカードは部屋に飾ってあるけれど、この場所でオリジナルを見る事に意義がある気がする。
「あの時も、夏月さんはこの版画をじっと見つめていましたね。一ヶ月くらいしか経っていないのに、なんだか懐かしいですね」
「うん」
出会った頃の瑞希ちゃんに対するわたしは何もかもが反抗的だった。美和先輩と別れた喪失感、有紗さんとのすれ違いに、香耶ちゃんとの行き違いがあって荒んでいた。生意気な態度もとったし、憎まれ口もきいたし、瑞希ちゃんの事を軽く扱った。
でも、瑞希ちゃんはわたしを投げ出さないでいてくれた。
「沢山、困らせてごめん」
「それ以上に愛してくれました」
わたしは、更にそれ以上、愛してもらった。
「瑞希ちゃん。ここで終わりにしよ」
「二年と半年後、あなたが卒業して、その時に、もしも……」
瑞希ちゃんが言葉を止めてから続けた。
「いえ、そういうのは止めましょう」
「だね」
その可能性はとっておきたいけど約束にはしない方がいい気がした。
「わたし、もうちょっと居るから瑞希ちゃん先に行って」
「半年後、教師と生徒として再会しましょう」
握手を求める手が差し出された。わたしは顔を見る事ができずに、大きいけど繊細な手を見つめながらさようならの握手をした。
瑞希ちゃんが出口に向かった。向かいながらスマホを出した。歩きスマホは禁止だぞ。余韻もへったくれもありゃしない……。
でも、大好きな人の後ろ姿が見えなくなった瞬間、こみ上げてさえいなかった涙がスカートの裾から垂れてピカピカに磨かれた冷たい床に水たまりを作った。
どうして人は辛いと泣くんだろうか? その答えを教えてくれる人はわたしの隣りにはもういない。
五時になって、心配顔をした若い女の職員さんから申し訳なさそうに閉館を告げられた。入り口の分厚いガラス扉の外は薄暗くなっていた。気温は夏でも日が沈む時間はやっぱり秋なんだって思いしらされる。
早くも後悔が湧き始めた。わたしからさよならしなかったら二人はまだ続いたのかもしれない。
バス停のデコボコオブジェに乗ってみる。ここで瑞希ちゃんにキスをした。そういえば175センチもあったのか、なんで嘘をついたんだろう? しかも2センチだけ低くするって、意味不明でウケるんだけど。鼻先から、見事なくらい明瞭な「クスクス」っていう笑いを含んだ息が出た。
自転車のブレーキ音がした。
香耶ちゃんだった。
息を切らした鼻の頭に汗の粒が沢山乗っている。
「こ、ここに居るからって、瑞希先生からLINE来て」
バス停二つ分、全力で漕いできたんだね。瑞希ちゃんの歩きスマホはそういうことか。
「さて、春ちゃん。話を聞かせてもらおうか」
なんだその時代劇みたいな言い回し。
「大河ドラマ級に長いよ」
「望むところだ」
西の空はまだ明るかった。雲の隙間から何本ものセピア色した直線が地上に向かって降り注いでいる。
瑞希ちゃんは光だった。分厚い入道雲の上からでもしぶとく光を挿しこんで照らしてくれる強くて眩しい光だった。
終わり
『春の晩夏』はこれで終わりです。
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※ 画像と記事は関係ありません。画像はAIアプリを使って生成したものです。
